2014年11月21日

客観と主観

前触れなしに、写真を撮られたときの写真を見ると、

われながら間の抜けた顔をしています。

「普段は、もっとキリッとしているのに

変な顔のときに写真を撮らないで欲しいなぁ。」

と思ってしまいます。


しかし、自分が自分の姿であると認識している

「もっとキリッとしている顔」とは

いったいいつの時のものでしょうか?


私が鏡を凝視するのは、朝出かける前に髪を整えるときと

顧客を訪問するときに駅のトイレでネクタイのゆがみをチェツクするときです。

髪や身だしなみを整えたらキリッとした表情を作り、

「さあ、頑張ろー!」とネジを巻いているときのキメ顔が、

自分が認識している自分の顔なのです。


つまり、不意に写真を撮られた時の「変な顔」は

無理に気合を入れていないニュートラルな状態であり、

私は大抵は自分で思うところの「変な顔」で

1日の大半を過ごしていることでしょう。


20代の時に、友人とカラオケに行った際

カセットテープにカラオケで歌った歌声を

吹き込めるサービスがありました。


そして、私は自分の歌声を聴衆として聞くことができました。

とても下手でした…。

しかし、私はそれまで自分を音痴であると全く認識をしていませんでした。

真実を知った私は、その後は人から3回以上歌えと言われたら

しぶしぶ1曲か2曲のみ歌わせてもらうことにしています。


このように、ウチから見るのとソトから見るのでは、

景色が全く違うことが多々あります。

自社や我々が提供するサービスを客観的に評価する勇気が

必要だと思う今日この頃です。



企画部:北
posted by 京都真創企画部 at 10:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | 健康食品OEMについて このエントリーを含むはてなブックマーク

 

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