2009年04月13日

勝つべくして勝つ! 伝統の一戦から学んだ勝利の哲学 「善く戦う者は、勢いに求めて人求めず」

こんにちは!企画部の北です。

日曜日の昼下がりは、TVで野球観戦をしていました。
暑くもなく寒くもなくポカポカの春の日に、昼からビールを片手に野球観戦とは何と贅沢なことでしょうか。
しかも、伝統の巨人・阪神戦です。観戦する方もアドレナリンを上げずにおられません。
20061127191522.jpg
(画像参照:http://f.hatena.ne.jp/kyoto-gakusei/20061127191522

結果は、シーソーゲームのあげく6対6のドローゲーム。

しかもTV中継は途中で終了(怒)

続きは、携帯電話の速報ニュースを5分ごとくらいで更新して応援していました。

大差で勝負のついたゲームならいざ知らず、野球は終盤の方が面白いのです。
お願いですから各TV局さんは、最後まで中継してください。
私も責任を持って最後まで観戦しますから・・・・。


さて、昨日の試合の解説は去年までの阪神監督であった岡田彰信さんでした。試合中彼の言葉の中で面白いコメントがあったのでご紹介します。

アナウンサー「今年の阪神は、後ろ(リリーフ)のピッチャーの方程式がまだ決まっていないですね。」
岡田氏「決まっているとね。次のピッチャーが準備がしやすいのですよ。次の回はオレだと心と体の準備ができるんでね。私は7回以降のピッチャー交代は、交代って言うだけで名前ゆーたことなかったよ。」


・・・。

驚きです!!去年までの阪神は、不動のリリーフ陣JFKが機能していたので【勝ちパターン】の場合は、本当に不動だったのです!

私の素人考えでは、毎回同じパターンだと敵に作戦がばれているので不利では無いのかなぁと思っていたのですが、それよりも投手に自分の役割をきちん理解させベストの状態でマウンドに送り出すことを重視していたのです。

「善く戦う者は、勢いに求めて人求めず」
(戦に強い大将は、個人の武勇にたよるのではなく軍団全体の勢いを大切にするものだ)
と孫子は、言っています。

去年までのJFK(ウィリアムズ、藤川、久保田)は素晴らしかったですが、JFKというシステムで運用したからそこ実力を発揮することができたのです。
(実は藤川投手は、星野監督の最終年にリストラ候補になっていました。それを岡田監督が藤川は、短いイニングなら使えると主張しチームに残したのです。)

実際に、藤川投手は先発投手として失敗(リストラ候補にあがるくらいに)していますが、短いイニングでは素晴らしい成績を残しています。

また、個々の適正を把握して働きやすいカタチを作ったから選手は奮起したのでしょう。

きっと監督が(試合中に)何もしなくても良いチームが一番強いのでしょうね。

この言葉の後、野球中継を見ながらそんなことを考えていました。
そして、これは組織戦略としてビジネスにも応用できると考えました。

御社の「勝利の方程式は一体何でしょうか?」

経営者の方は、「儲けるための仕組み」をつくることが大切でしょうし、従業員は、自分のボジションを見極め、それに対して全力を尽くすことが大事です。

健康産業市場で戦う皆様の勝利の方程式の中に、「京都真創」をご指名頂けるよう努力していきますので、今後ともよろしくお願い申し上げます。



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2009年03月24日

「敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花」 〜花は、誰の為に咲く?〜

こんにちは。
企画部の北です。
春めいて来ましたね。

「春眠暁を覚えず」です。
あたたかな日差しに抱かれながらの朝寝は、最高ですね。

Cherry_blossoms_at_Yoshinoyama_01.jpg
<奈良県吉野山中千本付近の桜(画像参照:http://ja.wikipedia.org/wiki/サクラ

西行法師にように「花の下で春死なん」とまでは思いませんが、
分かるような気はします。

「願はくは花の下にて春死なん そのきさらぎの望月のころ」

桜は誰のために咲くのでしょうか?


3年ほど前にTV「夢の扉」で、地雷除去に情熱を燃やす男にスポットを当てたドキュメントを見ました。

その人の名は、山梨日立建機代表取締役の雨宮清さんです。

地雷は、残酷な兵器で特に対人地雷はあえて即死させるのではなく、
あえて大けがをさせるように爆薬の量を調整しているそうです。
(怪我人を足手まといにさせるのが目的です。)

地雷は、1個あたり6$〜11$で調達可能な非常に安価な兵器ですが、使用されると、その土地は死ととなり合わせの危険な地となり、一生涯、地雷を踏んだ人間の手足と奪い、人生を狂わせます。

また、地雷の除去には、敷設の何百倍のコストが必要になります。
そして、多大な危険も・・・。

800px-TM-46_AP-mine.jpg
<画像参照:http://ja.wikipedia.org/wiki/地雷


いまだにカンボジアなどには地雷源がまだ多く、誤って踏んでしまい手足を失う人がたくさんいるそうです。(その多くが子供です。)

雨宮さんは、建設機械の製造や修理を行う会社の社長です。
カンボジアの地雷による被害を知り、心を痛めてこう誓います。

「自分の子供が同じ目にあったとしたら・・・、たまらないと思う。
技術者の誇りにかけてなんとかしよう。」

そこで建築用の重機を改造して独自の地雷除去機械を開発します。
(見た目は、すごく頑丈そうなパワーショベルです。手の内側に地雷を爆破させるハンマーがたくさんついていて回転しています。
直接、地雷を爆発させることにより、除去を行います。)

そしてカンボジアの大地の再生にのりだします。
この機械の素晴らしいところは、後ろに土を耕す鋤がついていて地雷除去と同時に地雷除去済の土地を畑にすることができます。

死ととなり合わせの呪われた土地が、命の糧を生む大地に生まれ変わるのです。

同時に、主人公はカンボジアの技術者に惜しむことなく地雷除去のノウハウや機械の製造方法、メンテナンスの仕方を伝えていました。

人知れず、他国の将来のために尽くす姿を見て非常に感動致しました。
(参照:http://www.film.hitachi.jp/movie/movie696.html

「敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花」(本居宣長)

これぞ日本人の鑑であると思いました。


春の日の徒然に、上記のような話をふと思い出しました。

随分前にTVで見ただけなのでよく覚えていたと思います。


私も人のために咲ける「花」になれるよう頑張ります。

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2009年03月10日

「ベルリンの地上には壁はありますが、空にはありません」 〜日本の花火職人のもっと「深イイ話」〜

こんにちは、企画部の北です。
先日、TVで拝見した「深イイ話」をご紹介致します。

1987年。
西ベルリンで行われた「ベルリン市制750年祭典」で、7千発の花火が夜空を彩った。
実はこの花火、日本の花火師・佐藤勳さんらが打ち上げたもの。
初めて見る日本の花火の美しさにベルリン市民は深く感動。
しかし、それ以上に市民の心を打ったのは、佐藤さんの記者会見での言葉だった。

それは…
「ベルリンの地上には壁はありますが、空に壁はありません。
日本の花火は、どこから見ても同じように見えます。
西のお方も、東のお方も、楽しんで下さい」

翌日、佐藤さんの言葉はドイツの朝刊の一面を飾った。
ベルリンの壁が取り払われたのは、その2年後のことである。

(引用:http://www.ntv.co.jp/fukaii/episode/080519/13.html


思想が違っても、国が違っても、美しいものは美しいと感じる人の「心」は変わらない。また、通じ合うことができる。
人は、感動を共有することによりひとつになれるといった感動的なエピソードです。

それだけでも素晴らしい話ですが、ものづくりに携わる者のはしくれとして、日本の花火について掘り下げて調べてみるとより「深イイ話」が発掘できました。

まず、日本の花火は世界一の品質と美しさを誇ります。


日本の花火は世界一
日本人は幸せだと思います。
少なくとも花火観覧に関しては、
世界中でどこの国よりも恵まれていると言っても過言ではありません。
日本の花火は世界一精巧で華麗です。
日本の花火のしくみをご覧ください。まあるい球状で、星という小さな球状火薬が内側に並べられています。
しかも、この星は、かわり玉のようにちがった色の出る火薬が層になっています。
その星が中央の割り火薬の爆発力で四方八方にとばされ、光の色を変えながらまんまるに咲いて消えます。
これに対し、外国の花火は色の変わらない円筒型で変化に乏しく、立体感に欠けます。
こんな美しい日本の花火は、世界に認められ、アメリカをはじめ80余国に輸出されています。

(引用:http://www.hanabistore.com/hanabino1.htm
打ち上げ花火の仕組み日本の花火外国の花火
出典:(社)日本煙火協会
日本煙火協会


日本の花火の歴史は諸説が、ありますが日本の花火が独自の発展を遂げたのは江戸時代です。

と申しますのは、戦国時代の日本は世界一の鉄砲保有国でした。
しかし、江戸幕府により日本の軍事力は極端に制限されます。
鉄砲や大砲の研究は、禁止され「島原の乱」以降は「明治維新」まで国内では大きな戦は、ありませんでした。

さて、それまで鉄砲や刀の製造に携わっていた職人達は、その高度な技術を平和産業に転用します。
刀鍛冶は、包丁や鋤や鍬などの農機具。鉄砲鍛冶及び火薬を扱う職人もある人は、からくり人形をつくる職人、またある人は、花火職人へと彼らが持つ(当時の)最先端技術を生かします。

日本の花火技術の基礎は軍事技術の平和利用だったのですね。

また、佐藤さんの言葉ですが、
日本の花火は、どこから見ても同じように見えます。
と仰るのにも深い意味があります。

実は、どこから見ても同じに見えるように花火を造るには高度な技術が必要なのです。

その理由は、
日本と欧米の花火球の形の違いの理由は、昔、日本では河川で打ち上げて、観客はあらゆる方向から観賞していたため立体的に発光しなければならなかったのに対し、ヨーロッパでは、貴族の館など建物の裏から打ち上げていて、観客は一定方向からしか見なかったため、平面的な発光でもよかった、というのが理由とされる。

(引用:http://ja.wikipedia.org/wiki/花火

つまり、日本の花火は貴族の独占では無く庶民もその美しさを楽しめるものだったのです。
だからこそ「日本の花火は、どこから見ても同じように見える。」のです。

真夏の風物詩である花火。
それは、数百年にわたる花火職人の努力と日本人の繊細な美意識の結晶なのです。
素晴らしい技術も使い方によっては、凶器にも芸術にもなります

日本の花火を芸術にまで昇華させた先人の努力に誇りを持ちましょう。

我々もユーザー様に感動を届けられるような商品をご提供できるように、頑張ります!

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